グリーンマウンドは500年後、1000年後の
未来を生きる子どもたちへの贈り物!

秋江 康弘
秋江 康弘(あきえ やすひろ)
清水建設株式会社 プロポーザル本部 都市開発計画室 計画1グループ グループ長

震災直後から頭に浮かんだ復興プラン
「子ども環境学会」主催のコンペに挑む

私が所属する都市開発計画室は3つのグループからなり、そのなかの計画1グループのグループ長を任されています。各グループは、都市計画協議/許認可業務を得意とするグループ、法定再開発の事業協力業務を得意とするグループなどがあり、計画1グループは大規模開発の推進や計画立案、都市デザインに関する業務を中心におこなっています。都市デザインという役割から、震災復興やスマートシティーの提案業務にも多く関わっています。

「グリーンマウンド」が生まれたきっかけ

東日本大震災がきっかけでした。あの日は東京湾岸の芝浦に建つ、旧本社ビルの「シーバンス」で仕事をしていました。私がいた18階も激しく揺れてエレベーターが止まり、その日は電車も動かず会社に泊まった社員も大勢いました。そうした状況のなか、翌朝には社内に震災対策本部が立ち上がり、社長陣頭指揮の下、幹部総出の会議が毎日続くようになったのです。また、土木や建築の現業部隊を筆頭に多くの社員が現地入りし、構造設計に携わる者は損傷判定のため、建物が崩れそうな現場へも足を運んでいました。しかし私たち意匠(デザイン)設計系の社員は、あの時点では復旧・復興に貢献できず、くやしい思いをしていました。

そうして震災から3カ月が過ぎたある日、設計プロポーザル系の全社員に向けて、会社から一斉メールが送信されたのです。「【東日本大震災復興プラン国際提案競技】※1の案内!意欲のある者は自由に応募可!」と。これまで国内外の大学で都市デザインを学んできた私にとって、復興プランは自分が関るべき仕事ではないかと、そんな思いがありましたから、すぐに挑戦を決め、震災直後から頭に浮かんでいたアイデアを、すべてコンペに出し切りました。それが「グリーンマウンド」(本誌表紙・全景イメージ)です。

コンペでの反応

業務外個人で応募したコンペでしたが、優秀賞を獲得したことで、主催側から、実際の自治体へ提案して震災復興に役立てるように、との推薦状をいただきました。これを機に、グリーンマウンドが個人から会社の案へと昇格し、社内の土木事業本部や技術研究所の専門家も加わり、清水建設の技術として再構築されたのです。その後は実際に東北沿岸や東南海エリアの自治体を訪ね、プレゼンを実施したり、津波防災の技術協力をおこなう機会を得ています。

津波と正対しない円錐台の丘を配置し
耐津波型の強い都市システムを構築

グリーンマウンドの特徴

レベル2クラスの津波※2がきた場合、防潮堤では止められないことを前提にして考えたのが、耐津波型都市システム「グリーンマウンド」です。マウンドは2種類あります。1つは「消波型マウンド」で、海岸線沿いのグリーンベルト内に複数列配置することで、津波の威力を減衰する役割をもちます。2つ目の「避難型マウンド」(下図)は、まちに一定間隔で配置するもので、いざというときは、地域住民が最寄りの避難型マウンドの上へ逃げて命を守ります。

景観的な特徴としては、消波型マウンドは、海岸線沿いのグリーンベルト内に見え隠れしながら、自然の丘のように風景に溶け込むように考えました。また避難型マウンドは、既存のコミュニティーに馴染むようにしました。グリーンマウンドなら、海とまちを完全に分断してしまうコンクリート構造物の防潮堤より、誰もが親しみやすい風景を創ることができると思います。

避難型マウンド(小型)の概要

【避難型マウンド(小型)の概要】
頂部直径10m/低部直径50m/高さ10m/頂部面積78m²/頂部避難収容人数150人/震災廃棄物処理容積8,000m³/工費約1億円/工期約6ヵ月

マウンドの型と強度、構成材料

マウンドの型は津波と正対しない円錐台で、のり面の傾斜角は盛土として安定する30度未満に設定しました。実際、今回の震災では、宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区にあった、高さ5~6mの小さな丘に避難した人が助かった事例があり、円錐台が波の力を受けにくいことがよくわかります。

強度についてですが、避難マウンドは多くの人が逃げ込む場所になるので、液状化や地盤沈下が発生しても、壊れない構造にしなければなりません。そのため、構造を決めるまでがものすごく大変でした。社内でさまざまな議論を尽くした結果、最終的には清水建設の土木技術と知見を結集し、国土交通省の安全基準に則ったマウンドの標準仕様ができたのです。ここが当社のグリーンマウンドのもっとも優れた点であり、単にガレキを埋めて丘を作るという類似案とは、技術・安全面で一線を画すところだと思っています。

マウンドの構成材料は、震災で発生したガレキを再利用します。当社は被災地で災害廃棄物処理業務を請け負っており、リサイクルするプラントをもっています。そのノウハウを活かして、マウンドのコア部分には、石やコンクリート塊などのリサイクル骨材と土砂を入れます。表面はのり枠ブロックで防護してアンカーを打ち込み、表層を0.5mほどの土で覆いかぶせます。そして、マウンド表面に植樹や種子を吹きつけることで植物が育ち、グリーンマウンドが完成するわけです。

年間100日は湘南の波に乗るサーファー
実体験が消波型マウンド発想の原点

ご自身の海沿いの暮らしが消波型マウンドを発想するヒント

私の自宅は、神奈川県藤沢市の江の島から2kmほど陸側へ入ったところにあります。震災の翌日に帰宅したときは、川を遡上した津波で打ち上げられたボートの数々を目にしました。海沿いに住むものとして、東北沿岸の惨事が人ごとではない、という気持ちになりました。ただその一方で、海沿いの豊かな暮らしを簡単に捨てることはできない、という思いにもなったのです。私はサーフィンをやっていて、自転車で海へ行けば、仲間たちとのコミュニティーがあります。地元には祭りも多く、港で鮮度のよい魚も買えます。海風に吹かれて散歩も楽しんでいます。そんな、暮らしそのものが湘南の海とともにあるわけですから、海辺の環境をすべて放棄して内陸や高台へ移転することは、私自身にはできない選択だと感じました。この思いがグリーンマウンドの発想につながっています。

消波型マウンドは津波を止めるのではなく、波打ち際に複数列で配置することで波のエネルギーを抑え、波をまちへ“均等に入れること”を重要視しています。この点は、河川の流速抑制を目的に古くから活用されている工法の「水制工」※3を参考にしました。消波型マウンドに当たった波はパワーが抑えられるので、減災できるし、津波の到達時間も遅くなります。その間に、津波浸水域に一定間隔で配置した避難マウンドへ逃げる、というのが今回の耐津波型都市システムです。つまり、レベル2クラスの津波が発生した場合、浸水域の建物に被害は出るものの、避難マウンドが人の命を守り、平常時にはマウンドの周囲に広がる海沿いのまちで、海との豊かな暮らしを実現することが基本構想なのです。

消波型マウンドはサーフィンの経験で得た波の知識を活用

湘南の波に乗る秋江さん

湘南の波に乗る秋江さん

湘南に住んで15年、私は年間100日以上もサーフィンをする生活をしています。湘南でも台風波が入るときは3m級のビッグウェーブが発生し、こうした強い波を体で受けていると、波のパワーゾーンやメカニズムがよくわかり、波に対する勘や知識が身に付きます。今回の消波型マウンドは、サーファーの言葉でいう「スープ」がヒントになりました。スープとは、波が崩れるときにできる白い泡のことです。波が1番エネルギーを開放しているときなので、そこへ体が入るとコントロールがきかず、大けがをする場合があります。ということは逆に、スープのあとは波のパワーが落ちるわけで、海岸線沿いに消波型マウンドをたくさん置き、波の力を分散させて意図的にスープをつくれば、津波の威力が落ちるだろう、という仮説を立てたのです。

当初、消波型マウンドでは津波の威力が減衰できないと、社内では反対意見もありました。しかし当社の技術研究所で、仙南地方の地形と福島県相馬市で起きた10.8mのレベル2の津波を再現して、マウンドの有・無でコンピュータ・シミュレーションをおこなった結果、津波の破壊力が抑えられ、津波の到達時間も遅くなるという、仮説通りの結果が出たのです。また、今回の震災は引き波の破壊力もかなり大きなものでしたが、マウンドがあれば引き波の力も抑えられ、ゆっくり引いていくという結果が出ました。こうした検証結果を土木学会で発表し、反響もいただきました。

未来を生きる人類に向けて贈る
メッセージがグリーンマウンド

震災から3年近くが過ぎようとする今、津波防災に関する率直な感想

今回、多くの自治体と接触する機会がありましたが、防災のまちづくりという点では、防潮堤は国の中央防災会議と県、海岸のグリーンベルトは林野庁、内陸部のまちづくりのみが地方自治体というように、いわゆる権限の縦割りによって、海から内陸部にかけた一貫したまちづくりが描きにくい状況にあるようです。補助金の問題もあり、自治体の方針が自由に進捗しない現実もあります。難しい課題はたくさんありますが、「防災のまちづくり」は、私たち総合建設業に携わる者の義務だと思っています。当社の社長は、利益に拘らず、社会貢献として積極的に対応するように、との方針ですから、これからも防災のまちづくりや復興支援に力を尽くしていきます。

津波防災を考えるとき、地震の記憶を風化させない取り組みも大切です。そのためには、耐用年数に限りがあるコンクリート構造物ではなく、グリーンマウンドのような、大地に刻んだメモリアルを残すべきではないでしょうか。その意味でグリーンマウンドは、500年後、1000年後の未来を生きる子どもたちへの贈り物であり、震災を経験した私たちから発信する、人類全体への強いメッセージになるものと思います。震災の記憶を風化させないことが、今を生きる私たちの使命だと確信しています。


  • ※1 【東日本大震災復興プラン国際提案競技】:子どもが元気に育つまちづくり“知恵と夢”の支援がテーマ。主催:こども環境学会/協力:日本ユニセフ協会/後援:日本建築学会など多数。
  • ※2 レベル2クラスの津波:数十年~百数十年に1度発生するとされる津波がレベル1。それをはるかに上回るパワーがレベル2で、東日本大震災の津波はレベル2。
  • ※3 「水制工」:堤防や護岸、河岸など、河川を守るため、または水の流れや水圧を変えるために設置するコンクリート製の構造物。黒部川の水制工が有名。

2013.09.01

PAGE TOP