

源流から海域の生態系管理に挑む
- 澤樹 征司さん
- 株式会社建設技術研究所
持続可能な社会づくりの重要性が話題になっている昨今、海洋建築工学科OBの澤樹征司さんはその価値にいち早く着目し、大学院で生態系管理(エコシステム・マネジメント)を研究。現在は(株)建設技術研究所に所属し、環境保全のエキスパートとして国土交通省や環境省の案件に多数携わっています。業務内容と仕事に懸ける思いを聞きました。
インフラ整備や環境保全を支える「調査」「環境アセスメント」という仕事
澤樹さんは大学卒業後、調査会社に入社したのですね?
新卒で入社したのは海洋系の調査会社でした。私が携わった案件で、「調査」という仕事の一例を紹介しますと、1995年に阪神・淡路大震災が発生し、その後に各方面でインフラ強化の課題が生じました。特に離島は電話線が海底ケーブルであり、一系統しかない島がほとんどですから、それが分断すると島全体が孤立してしまいます。そこで大手通信会社が、ある島の海底ケーブルを二系統にする工事を計画し、そのための海底調査をおこないました。現場ではサイドスキャンソナーという機械を用いて、海底の地図をリアルタイムで描きます。海底ケーブルは岩場だと傷付きますから、そこを迂回し、砂地の場所を調査して埋設カ所を計画するのです。安全な暮らしを支えるこうした仕事は、大きなやりがいがありました。
このほか、海や干潟の環境・生態系調査も数多く経験するうちに、自然豊かな国づくりに直接的に貢献したいという思いが強くなり、国へ直接アプローチできるコンサルティング業界に移ろうと決意したのです。このキャリアビジョンを実現するため、日本大学大学院へ進学しました。
当時は世界自然遺産やエコツーリズムが注目されはじめた時代で、小笠原諸島に空港を造る計画もあったのです。私は貴重な自然の生態系を搾取し尽すことなく、利用し続ける方策を見出したいと思い、小笠原諸島を舞台に生態系管理(エコシステム・マネジメント)を研究することにしました。そして大学院で2年間学び、修了後は環境系のコンサルタント会社で働くことになったのです。
新しい会社ではどのような仕事をされましたか?
国直轄ダムの「環境アセスメント」を多く担当しました。環境アセスメントには大気・騒音・振動・動植物の生態系などさまざまな分野があり、私は環境や生態系保全を担当したので、大学院での研究と実務が直結し、非常に役立ちました。
環境アセスメントのポイントを国直轄ダムの案件で説明しますと、ダム建設の場合はまず、「計画」の詳細を熟知する必要があります。そして現場周辺の貴重な動植物の生息・生育状況や生態を「調査」し、ダム工事による影響を予測して「影響評価」を行います。クライアントは国土交通省ですから、影響評価の結果は国へお渡しすることになります。この計画・調査・影響評価の3つは、とれが欠けてもよい国づくりはできないものだと思います。
環境アセスメントに必要な技術はありますか?
ダムの案件で私は、GISという地理情報システムを活用しました。これは調査会社から提供された動植物の位置データと、ダム事業で改変されるエリアの地図を重ね合わせ、動植物に影響が及びそうなエリアを解析するシステムです。なお環境アセスメントの仕事をするには「技術士」という国家資格が領域ごとに必要(プロフィール参照)ですから、技術士の資格自体も必須ですね。
また私の場合は、前職で習得した調査技術も活用し、調査が難しい現場へは自ら出向いて実踏調査をおこなっていました。つまり欲しいデータと資料はすべて自分で揃え、それを基に影響評価が下せるのです。ここが、調査とコンサルタントの両方を経験してきた、私の強みだと思います。このキャリアを幅広い領域で活かすべく、現在の勤務先に転職を果たしました。
信越・北陸の源流から海域がフィールド
技術と情熱をもって自然との共生を目指す
現在の会社での仕事の領域を教えてください。
(株)建設技術研究所は「河川・海岸」「港湾・海洋」「ダム」「砂防」「上・下水道」「道路・交通・鉄道」など、幅広い分野を手掛ける総合建設コンサルタントです。国土交通省や環境省、地方自治体の仕事がほとんどですから、エンドユーザーは国民の皆さんといえるでしょう。私は環境保全に特化したプロジェクトのチーフ・エンジニアを務め、源流から海域まで、水域を軸とした生態系管理に携わっています。
具体的な仕事の内容はどういったものですか?
私の主なフィールドは信越・北陸エリアとなり、積雪のない5~10月までは半分以上、現地に入っている状況です。まず源流周辺では、砂防ダム関係の案件が多くあります。山崩れによる土石流を防ぐため、上流域に砂防ダムを建設するケースがありますが、とある高山域に希少動物のオコジョ(イタチ科)が生息しているため、その個体を守るプロジェクトが発生しました。この場合、まずオコジョがどこにどれだけいるのか、という調査をしました。そしてオコジョの専門家から捕獲の特殊技術を教えていただき、哺乳類の調査員3人と私の4人で3年間チームを組み、大変な苦労を重ねてオスを捕獲したのです。オスの捕獲位置によって生活圏がわかり、その範囲内にメスと子どもも生息しているはずですから、次は繁殖場所の「聖域」を詳細につかむため、メスの捕獲もおこないました。調査の結果、メスの行動範囲が、砂防ダムの建設場所と十分離れていることが確認でき、事業にGOサインを出すことができたのです。
河川では魚道を設計する仕事があります。河川に堰ができるとサケが遡上できなくなるため、堰に魚道を設けて上りやすくします。その際、サケに小さな発信機を付けて、約2㎞下流から放して遡上する姿を追い、魚道の効果を検証しています。
海域エリアは海岸侵食を防ぐ案件が多く、海に人工リーフ(浅瀬)やヘッドランド(人工岬)を設けて侵食を防ぐ取り組みをおこなっています。ただし人工構造物を入れると、砂浜に生息している生き物が減少する可能性がありますから、構造物と砂浜の間を、生き物と海水が円滑に行き交う環境づくりを目指しています。

捕獲に成功したオコジョ

サケに取り付ける発信機
これらの仕事で澤樹さんが大切にされていることは?
1つは人と自然の「共生」です。海岸侵食を防ぐ案件なら、漁業関係者にはどんな営みがあるのか? 地域の人たちは海岸とどうふれあいたいのか? など。そうした郷土の皆さんの望む姿や思いを受け止め、それを再現できる環境づくりが大切だと私は思います。自然を守るために人間や害獣を閉め出すとか、あるいは工事を急ピッチで進めてしまうとか。そうした極端な構図でなく、どうしたら自然と人間が折り合いを付けて共生できるか、害獣も絶滅させず、人と棲み分ける道はないだろうかと、そんなバランス感覚を大切にして、人と自然が共生できる手法を提案したいと思っています。

イヌワシの巣 (ひな鳥にエサを与える親鳥)
もうひとつ大切なのは「高い技術力と知識」です。山間部に生息するイヌワシは絶滅危惧種ですが、ある時、1羽の親鳥が卵を温め始めた時期に、砂防ダム工事が動き出すという案件がありました。近年イヌワシは、ひな鳥が巣立つ確率が非常に低下し、種の保存が差し迫った課題になっているのです。一方、砂防ダム建設による災害対策も待ったなしであり、難しい状況の現場でした。結果的には、工事の騒音がローコストで小さく抑えられる技術提案をお客様に提供でき、イヌワシにかかるストレスを回避できました。困難な場面でも情熱をもって関係者に語りかけ、人の心を動かしながら、一緒に環境保全を進めていく。こうした姿勢が私のモットーであり、それを支えるのが高い技術力と知識であると考えます。
仕事のやりがいはどんな点ですか?
自然環境が相手ですから、どの現場も正解や対応マニュアルがない状況であり、自然環境が保存できるか、あるいは壊してしまうのかは、自分とメンバーの技術と能力にかかっています。そのため常に、強いプレッシャーを感じながら仕事をしているのが率直な気持ちです。ですからその反動で、みんなの努力が実って課題が解決できたときのすがすがしい達成感は、何ものにも代え難い喜びがありますね。また私はプロジェクトチームのリーダーであり、現場の安全確保には本当に気を使っていますから、行動をともにしてくれるメンバー全員を無事に家族の元へお返しすることができたときは、毎回何よりほっとする瞬間ですね。
この業界で活躍できる人物像を教えてください。
私自身をふり返ると、公共性の高い仕事を長く担当してきたため、ホントですか?(笑)と思われるぐらい、国民の利益やより良い国づくりを考え仕事に臨んでいます。社内にも愚直に業務と向き合う同僚が大勢いますから、使命感をもって働きたい人は頑張りがいがあると思います。建設業界は男性集団で、脳みそも筋肉(笑)などと思われがちです。しかし実際は考えることが非常に多いですから、柔軟な発想で面白いことを創造できる人が活躍できるでしょう。そして世の中の半分が女性ですから、ぜひカイケン出身の女性にはもっと建設業界へ進出していただき、国づくりの最前線で思い切り仕事をしてほしいと思います。後輩の皆さんと一緒に仕事ができる日を楽しみにしています!

海岸線を守る国の工事が環境に配慮したものであることを、地域の子どもに知ってもらうため、新潟の海で環境学習会を開催した時の様子。

イベント参加者にイワナの産卵場づくりを説明中。誰もが理解しやすいよう、資料作りなども工夫している。ちなみにイワナは天然の産卵場では約30%が死んでしまうが、人工の産卵場などのきれいな環境下になると、ほとんどの卵を孵化させることができる。
現場の風を感じ、骨太の経験を大切に!
「鳥人間コンテスト」に出場したそうですね?
縁あってカイケンに入りましたが、実は高校時代からパイロットになる夢があり、大学では空に関することがしたいと思っていたんです。当時、日大の航空部・軽飛行機班がアクロバット飛行のできる飛行機を所有していたので、大学と交渉して車でいう車検を取り直していただき、大利根飛行場で飛行訓練をしていました。部活動と2足のワラジで、人力飛行機を造るチームにも所属しましたね。仲間とは合宿同然の生活をして、午前3時に格納庫へ集まり、明るくなると飛行機を組み立てて飛行実験をしていました。私は飛行機の製作メンバーとして、鳥人間コンテストは2回の優勝を経験しました。当時の仲間とは今でも交流が続き、外洋クルーザーを共同所有して、今は大海原でつるんでいます。学生時代は、生涯の友と出会えたかけがえのない時間でしたね。

訓練機FA-200-160にて。小学校時代から空を飛びたいと思っていただけに最高の時を過ごした。

鳥人間コンテストで優勝した機体を埼玉県の所沢航空発祥記念館に寄贈。格納庫に収めたときの記念写真。
カイケンの学生へメッセージをお願いします。
海洋実習はぜひ頑張って取り組んでほしいですね。また研究活動は、フィールドに立つことを大事にしてください。時には海辺で1日中空を見上げてもいいし、地元で働く方と話をして帰ってくるだけでもいいでしょう。現場の風を肌で感じ、地域の人とコミュニケーションが取れたなら、ものすごく中身の濃い研究内容になるのではないでしょうか。現場の骨太な経験があれば、それが人生の土台となり、将来どんな職業に就いてもしっかり働くことができます。学生時代はぜひ、インターネットや本で知識を得るだけでなく、自分の足でフィールドに立つ経験を大事にしてほしいと思います。
プロフィール
- 澤樹 征司 さん(さわき せいじ)
- 株式会社建設技術研究所 東京本社 環境部 グループリーダー

1995 年日本大学海洋建築工学科卒業。同年、日本海洋調査(株)に入社し、海の現場でさまざまな経験を積む。2001 年日本大学大学院理工学研究科海洋建築工学専攻(畔柳研究室)に再入学し、2003年3月修了。同年6月より(株)建設環境研究所にて、大型事業の環境アセスメントに携わる。2006 年9月より(株)建設技術研究所にて、砂防~河川~海岸の自然環境調査および影響評価、自然環境保全対策の立案に携わり、数々の案件でプロジェクト・リーダーを務める。
主な資格:技術士【総合技術監理部門、建設部門(建設環境~自然環境の保全および創出)、水産部門(水産水域環境の保全および創出)】、環境省 環境カウンセラー(事業者部門)。