海底鉱物資源調査に挑む!

世界初の「高効率海中作業システム」

宮﨑 剛
宮﨑 剛(みやざき つよし)
国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC=ジャムステック) 海洋工学センター 海洋戦略技術研究開発部 基盤技術研究開発グループ
(兼務)企画調整室 グループリーダー代理 主任技術研究員 博士(工学)

海洋研究に必要なツールやシステムの技術開発に取り組む

ジャムステックは海洋に限らず、陸や空なども研究対象にしているので、業務の領域は非常に多岐にわたり、大別すると次の①から⑦のようになります。

① 海底資源研究開発(海底資源)
② 海洋・地球環境変動研究開発(地球環境変動)
③ 海域地震発生帯研究開発(地震発生帯)
④ 海洋生命理工学研究開発(極限生物)
先端的掘削技術を活用した総合海洋掘削科学の推進(深海掘削)
⑥ 先端的融合情報科学の研究開発(情報科学)
⑦ 海洋フロンティアを切り拓く研究基盤の構築(技術開発)

私の仕事は主に⑦の技術開発です。今は海洋工学センターに所属し、海洋研究に必要なツールやシステムの技術開発を行う基盤技術研究開発グループで、リーダー代理を務めています。ちなみに今日(取材2017.7.20)は横須賀本部に、深海調査研究船の「かいれい」が着岸していますが、この船は深度7,000mまで潜航可能な無人探査機「かいこう」システムの支援母船で、私たちのグループはこの無人探査機の開発建造にも携わってきました。

無人探査機について

無人探査機は、深海を調査・観測・探査するために必須なインフラです。私が関わっているのは、支援母船とケーブルで繋がるタイプの「遠隔操作型無人探査機(以下、ROV)」で、母船からケーブルを介して電力供給を受け、船にいるオペレーターが海底を写すモニターを見ながら操作することで稼働します。こうしたROVは、海外では海底での石油生産が盛んな北海やメキシコ湾、ブラジル沖などでひろく活用されています。日本でもサルベージ会社※1が3,000mぐらい潜航可能なROVを作業に使っていますから、このクラスはもはや世界標準であり、“汎用ROV”といえるでしょう。

ちなみに深海の学問的な定義は、太陽光が届かなくなる200m以上ですが、私たちがメインターゲットにしている無人探査機は5,000〜7,000m、さらには1万mより深い超深海を目指しています。日本の周辺海域には4,000m以上の深海があり、また海底には地震の巣といわれる海溝※2も存在し、研究者にとってはそうした海底にこそ、科学的に解明したいモノがあるわけです。そのため、海底から今より良質のサンプルが採れないかとか、もっと高精細な海中の画像がほしい、等、色々な要望の声が研究者側から上がってきます。そうした要望の中で、良質なコア(柱状試料)が欲しいという要望を具現化するために開発したのが、今回の「高効率海中作業システム」です。

高効率海中作業システム

高効率海中作業システム

3つの新技術を取りまとめて汎用ROVとジョイントする

「高効率海中作業システム」の内容

「高効率海中作業システム」とは、海底の硬い岩石のコアを採取する「コアリングシステム」と、ROVの動きを㎝単位で調整できる「クローラーシステム」、そしてROVが稼働する海底の周辺状況を母船のオペレーターが直感的に把握できる「全周囲画像表示システム」の3つを組み合わせたものです。そしてこれらシステム一式が、汎用ROVと着脱できる、画期的な設計になっているのです。3つの技術の特徴を次に紹介します。

技術ポイント①「コアリングシステム」

海底にはさまざまな海洋鉱物が存在し、例えば鉄マンガンクラスト※3は、海底の岩の上に10〜20㎝ぐらい凸凹に堆積している状態です。そこから鉱物をサンプリングする場合、これまではROVのカッターで切れ目を入れて、剥がれた岩盤をマニピュレータ(ROVに取り付けられた作業用の腕)で採取する等の方法をとっていました。しかし研究者からは、鉄マンガンクラストと岩の“境目”を研究したいという要望があり、2層が連続したコアを採取できるよう、「コアリングシステム」を開発しました。具体的には、筒状のコアバレルの先端にあるビット(掘削歯)を高速回転させて、岩盤を削るように掘り進み、ビットの内側にあるコアキャッチャーで掴んで、もぎ取るように引き抜く設計です。結果的にはこれで、直径7㎝×長さ60㎝のコアが採取可能です。

なおROVは水中で稼働するため、浮きも沈みもしない中性浮力の状態をキープしています。しかし硬い岩盤にコアバレルを押し込むと、その反力で踏ん張りが効かず、ROVが不安定になって岩盤へ掘進できなくなってしまうのです。そこで先端のビットに掛かる荷重を低く抑え、ビットを高速回転させることで、安定してコアが採れるよう設計しています。

コアリングシステム

コアリングシステム

技術ポイント②「クローラーシステム」

クローラーとは複数の車輪をベルトで覆ったものです。「高効率海中作業システム」には、車のタイヤのように4機のクローラーが装着され、それぞれの角度が自在に変えられるので、凹凸や傾斜がある海底でもROVがしっかりと着底し、安定した形でコア採取が行えます。1カ所からコアを掘った場合、研究者からはすぐ隣も掘りたいという要望もあり、このシステムなら㎝単位の横移動も可能なため精密な位置調整を行うことができます。

クローラーシステム

クローラーシステム

技術ポイント③「全周囲画像表示システム」

ROVは母船にいるオペレーターが遠隔操作することで稼働しますが、その時見ているのはモニター画面です。「全周囲画像表示システム」では、ROVの四隅と下側の全5カ所に広角レンズ付きカメラを装備し、撮影した画像をコンピューター処理することで、モニターには360度見渡す画像を映し出すことができます。また任意の視点でも画像が見られるので、オペレーターに有用な情報を随時提供できるものとなっています。

全周囲画像表示システム

全周囲画像表示システム

このシステムの今後の予定

今年度内に日本の排他的経済水域の深海1,000mほどの海域で、実証を行う計画です。なお本プロジェクトの到達目標は、民間企業に技術移転をして、システムを実際に使ってもらうことです。今後も技術的な調整を続け、さらに良いシステムへとブラッシュアップしていきます。

真っ暗で高圧力な深海の世界
挑み続けることが仕事の醍醐味

今回の「高効率海中作業システム」は、世界初の取り組みでしたから『前例や正解がない』というところで苦労をしました。先ほどの「コアリングシステム」は、低荷重・高速回転でコアを採取する基本コンセプトがありましたが、水深10mでの試験が成功するまでは、その仮説が正しいかどうかわからない状況でした。私はプロジェクトを牽引する立場ですから、そうした過程では常にプレッシャーを感じていました。また各システムのメーカーのエンジニアと、それぞれ別個に開発した3つのシステムを取りまとめて、重量や外形を運用制限の中に収め、汎用ROVに搭載するところも試行錯誤の連続だったのです。

さらに深海は【暗い・冷たい・高圧力】の世界ですから、高圧力で精密部品が壊れないようにすることは特に重要でしたね。水に浸けられない機器類は「耐圧容器」に入れたり、内側と外側の圧力が釣り合った状態で機器を保護する「油漬け均圧方法」を取り入れるなど、さまざまな対策を講じました。また深海は真っ暗ですから、「全周囲画像表示システム」では、全周囲を照らすライティング技術も重要です。なおかつROVの周りはすべて海水ですから、機器類の浸水対策も完璧に行わなければなりません。こうした数々のハードルを乗り越えて世の中にないものを生み出し、それが研究者の役に立つことが、私の仕事の醍醐味ですね。深海の魅力とは『チャレンジングなフィールドであること!』このひと言に尽きると思います。

今後の目標

ふり返ってみればカイケンでの博士論文は、「津波作用時の浮体式海洋建築物の応答」というものでした。社会に出てからは「船載方式波浪計測システムの開発」、「浮体式波力装置【マイティーホエール】の開発」、「大深度無人探査機の開発ならびに大深度小型無人探査機の開発」、「地球深部探査船【ちきゅう】の大深度掘削技術の開発」、「大深度無人探査機の開発」など、さまざまな研究開発に臨み、エンジニアとして幅広い経験を積ませてもらいました。この中で自分の専門領域に捉われることなく、出会ったプロジェクトで結果を出すべく、全力で取り組んできました。仕事は常に複数の開発テーマが同時進行で進むため、情報収集や準備に苦労することもありますが、そうしたプロセスもすべて知見に蓄え、『このテーマなら宮﨑に聞け』と言われるエンジニアになることが今の目標です!


  • ※1 サルベージ会社:海難救助や海洋工事などを行う企業。
  • ※2 海溝:海底に谷のように深くなっている場所。日本周辺には日本海溝8,020m、伊豆小笠原海溝9,780m、琉球海溝7,460mなどがある。
  • ※3 鉄マンガンクラスト:領海に存在する海底資源の1つ。ジャムステックでは鉄マンガンクラストをはじめ、海底熱水鉱床、レアアース泥、メタンハイドレートなど海底資源の成因解明研究を行っている。

2017.09.01

PAGE TOP